”大阪”といえば、、、
“粉もの”といえば・・・
「お好み焼き」と「たこ焼き」が頭に浮かびます。
お好み焼きとたこ焼きは、それはそれは昔・・・
古代の「煎餅〈せんびん〉」や茶の湯の席などで供された「麩焼き」、そして「もんじゃ焼き」や「一銭洋食」という流れから来ているようです。
現在のたこ焼きになるには、いつ頃、どのような経緯でお好み焼きとは違った道を辿ったのでしょうか。
たこ焼きの歴史を辿る前に、忘れてはならない!!たこ焼きの前身として二つご紹介します。
その①「明石焼き」
兵庫県明石市を中心にした郷土料理。現地では「玉子焼き」と呼ばれているそうです。卵と出汁、小麦粉でんぷんの粉と小麦粉を混ぜたものの中に、タコを入れて丸く焼いたものです。皆さんの思い浮かべるたこ焼きを、ひとまわり大きくしたもので、ふわふわの食感が特徴です。ソースなどをかけるのではなく、添えて出される出汁汁に浸けて食べます。卵とタコの風味が、出汁汁によく合い絶品です。個人的には、、、〆の一品に向いてます。
中に入っているタコが、たこ焼きの成立に大きな影響を与えてます。
その②「ラヂオ焼き」
聞きなれない方もいるかもですが、簡単に言うとたこ焼きのタコに代わりに、牛スジ肉やコンニャクを煮たものを入れたものです。発祥ははっきりしませんが、明治や大正期から食べられていた言われています。
また、昭和8年に大阪の今里というところで、福島県会津出身の遠藤留吉さんという方が、明治・大正時代からあったコンニャクを入れたラヂオ焼きに牛スジ肉入れて販売を始めたという説もあるそうです。(会津出身なので、屋号は「会津屋」さんです)
そして、そこから発展し・・・・・
ラヂオ焼きを食べたお客さんが「大阪では肉かいな。明石では、タコを入れとるで」。先ほど説明したタコの入った明石焼きのことですね。
「なるほど」。
具にタコを使い、「たこ焼き」と命名して売り出したのです。
これが、「たこ焼き」の原点でした!参考までに・・・・・・・・